中の人の徒然草496 低レベルで進歩しない政治などにうんざりな毎日
というのも、昭和初期のあたりで、経営の神様松下幸之助が「本当はあんなものには関わり合いたくないのだが、余りにも経済の足を引っ張るから政治家のレベルを上げる方法を考えねばならない」といっていたからです。松下政経塾はそのために作られたものです。政治家は事あるごとに、日本を世界第三位の経済国家にしたといっていますが、実際は政治が足を引っ張った結果第三位にしかなれなかったというのが事実なのです。政治が一流ならば日本は世界一の経済国家になったでしょう。
この件からもわかるように、日本の政治は国民の足を引っ張る程度のレベルでしかないのです。それにも関わらず、政治家は自らを「偉い」と錯覚している節があります。そもそも、地位としての「偉い」は、近代日本国家では、天皇家の方々だけであり、そのほかは全て平民であり平等です。そして、人としての「偉い」は、他人が判断するものであり、足を引っ張る程度のレベルでしかない人たちが、自分たちを「偉い人」だと思い込んでいる現状は呆れるほかありません。
いまさら、高度なレベルは望みませんが、国民の足を引っ張るのだけはやめてほしいものです。それは彼らにとって過剰な要求かもしれないので、少なくとも小学生レベルの行為は恥ずかしいのでやめてほしいです。
ただし、政治家のレベルがそこまで低いのを見逃していた、我々国民にも責任はあると思います。私が思うに、彼らの報酬が実力評価制ではなく、定額制であるのが大きな要因だと思います。仕事の成果と報酬が無関係であれば、何もしないほうが得になりますし、能力の向上にも無関心になるのは目に見えています。現に戦後70年ほどたった今でも、そのレベルが低いことは証明されているので、セクハラをしたと騒いでいないで、「政治が足をひっぱる」という根本的な問題を考えなくてはならないと私は思います。
それはそうと、サッカーの結果は残念でした。しかしながら、スポーツは結果がすべてではないと思っているので、日本チームについては、よくやってくれたと感謝しています。負けたことについて酷評して居る人がいますが、なんで高望みしているのだろうと思えてなりません。そもそも、日本のサッカーのレベルは、歴史が浅いゆえに他国よりも低いのは明白であって、優勝できないのは初めから明らかでした。従って、問題となるのは「やる気」であって、見るからに日本のチームは頑張っていました。ですから、頑張ったことについて、素直に褒めたり、感謝したりするのが普通であって、酷評するのはあり得ないと思います。彼らは日本最強レベルの人達であって、その人達で勝てないものは勝てません。酷評している人たちは、彼らに勝てる自信があるのでしょうか?なければ、彼らに託したという事を意味しているので、酷評するのは筋違いです。それでも酷評するのであれば、自分が試合に出て、ブラジルなどの強豪国に勝てる事を証明しなくてはなりません。そうして初めて、酷評する正当性があると思います。
それはそうと、今は良いニュースがないですよね・・・日本の報道は誰かへの悪口で構成されているので、気分が滅入ります。日本は誹謗中傷で構成されているという気すらしてきます。とにかく、現実を直視して、問題を一つ一つ解決していかねば日本は滅びます。いまだに小学生レベルなんですから、日本の状況は深刻です。サッカーの代表選手に文句を言ったり、小学生レベルの問題を低レベルな次元で報道したりしている時間なんて日本に残されていないと思うんだけどな・・・
日本社会どうも、現実を無視して現状維持していれば幸せになれると錯覚しているという気がしてなりません。しかしながら、世の中は諸行無常です。現状維持という甘えをして、厳しい世の中を生き残れるとは思えません。それにも関わらず、多くの日本人は、なぜ現実を直視して現状の不備を直さないのか、不思議でなりません。どうしてなんだろう?私にとって、この問題が一番難しいです。